生い立ち

尾張名古屋で舞踊家の家に生を受け踊り続けてきました

大舞台の子役をつとめ、名優の背中を見て育ってきました

プロフィールを追加いたしました。

使命

"あの日"昭和43年10月9日 朝、病院に寄って「今から行って来ます」と告げた。衰弱しきってもう言葉を返す力もな く、ただうなずくだけの母を残し、二人のおばに連れられ、私は東京に向かった。

実母、花柳寿千香は、一人娘の私に後を継がせることが夢で、舞踊家の素養としていろいろなお稽古事をさせ、歌舞伎などの子役に出したり、溢れる程の愛情を注いでくれた。生まれつきなのか、環境によるものなのか、私も芸事や舞台に立つ事が大好きな子供で、子役に出ていた御園座の楽屋で学校の勉強をしているのが楽しかった。

当時は踊りのお稽古をする人も多く、母の稽古場には朝からお弟子さんが押し寄せていた。週に4日ほどは出稽古に出てしまうので、自宅の稽古日には私もお稽古がしてもらいたくて、着物を着て待っていても、どんどん後回しにされて結局してもらえず眠くなってしまった事もよくあった。

私が中学2年の時、母は44歳、体調が悪くて病院に行くと、即入院。そして手術。開腹してみると、癌がそこら中に転移して、もう手の施しようがない状態だった。
「あと、2か月位でしょう」という医師の残酷な告知に父や祖母、そして二人のおばは絶句した。せめて命のある内にこの子を名取にしてやりたいー周囲のみんながそう思ったらしい。事情を聞かされた私に、おば達の特訓が始まった。

私が母の所に見舞いにいくと、母は必ずこう言った「お母さんはいいからこんな所にいないで早くお稽古してもらいなさい」と。
あっという間の2カ月だった。母の衰弱も早かった。名取試験の前日母の顔を見てから東京へ向かい、一旦ホテルに入ると 自宅から連絡があった。
「今 息を引き取った」
間に合わなかった。悲しみとどうしようもない悔しさで二人のおばと私は号泣した。泣いても泣いても涙は止まらなかった。

どれ位時間が経ったのか、おばが力無く「帰ろうか」と言った。
私は首を横に振った。「明日 お試験受けてから帰る。」 そんな私の言葉におば達は、また泣き出した。
長い夜だった。翌日名取試験を無事に済ませ、お免状と名札を頂いて、帰路を急いだ。自宅に着くと、そこは黒と白の幕で 覆われていた。

頂いたお免状と名札をお母さんに見せた。
棺の中で安らかに眠っている母が、起き上がって「よかったね」 と抱きしめてくれるような気がして、いつまでもずっと母の顔を眺めていた。

あの日から わがまま娘のすべてが変わった。その後叔母、寛智香の養女となった。実母の稽古も厳しかったが叔母も又一段とすさまじいものがあった。今思えば 早く逝ってしまった寿千香が残した私をまともに育てなければ、という 姉妹としての責任があったのだろう。

おば達も早く逝き、ずっと孤軍奮闘。とは言え ご縁のあった花柳昌太朗師匠やたくさんの先輩や仲間に助られ、支えられて、踊り続ける事ができた。
これからは世の中に恩返しーそれが私の使命。

花柳朱実 プロフィール

・昭和32年 3月17日 花柳寿千香舞踊会で松坂屋ホールに於て、初舞台「お月様」を踊る。以後、寿香・寿千香・寛智香三 姉妹主催による「衣会」に毎年出演する傍ら、子役として御園座・名鉄ホール・テレビ等で活躍。

・昭和43年10月10日 花柳流普通部名取試験に合格。
花柳朱実となる。
・昭和49年 6月20日 20歳で花柳流専門部(師範)に合格。

・昭和51年 8月14日 第一回朱ざくら会を中電ホールで旗揚げ。
「雛鶴三番叟」「時雨西行」「鏡獅子」を踊る。
以後隔年での公演を続け
平成29年7月23日 第21回の社中公演を終える。

主な舞台出演

・昭和53年11月 1日 東京国立大劇場での花柳舞踊研究会「弧宴」に出演。
・昭和55年4月29日中日劇場 中京五流舞踊公演で「戻駕」の禿を踊る。
・昭和55年 7月19日 東京東横劇場 毎日新聞社主催「清新会」で「鐘の岬」を踊り優秀賞受賞。
・昭和57年 1月28日 東京歌舞伎座で花柳舞踊研究会「義経千本桜」に出演。
・昭和57年11月28日 中日劇場 花柳壽應十三回忌追善公演で「本朝二十四孝」を踊る。
・昭和59年 5月27日 台湾ライオンズクラブのまねきにより、「花の三番叟」「越後獅子」を踊る。
・平成元年10月30日 東京国立大劇場 花柳舞踊研究会で「海と空」に出演。
・平成2年4月29日 中日劇場 中京五流舞踊公演で「春信幻想曲」を踊る。

・平成 3年10月26日 花柳寛智香三回忌追善。第八回朱ざくら会を御園座で主催。
「雨の四季」「鏡獅子」を踊る。
・平成 3年12月19日 「鏡獅子」の演技に対し、平成3年度名古屋演劇ペンクラブ奨励賞受賞。
・平成 6年 2月21日 これまでの活動に対して、平成5年度名古屋市芸術奨励賞受賞。
・平成 6年11月19日 名古屋市芸術奨励賞受賞記念、花柳朱実リサイタルを松坂屋ホールで主催。
「傀儡師」「梅川」創作「飛翔」を踊る。

・平成 7年 9月24日 花柳寿千香・寛智香追福、第10回朱ざくら会を中日劇場で主催。
「操り三番叟」「戻橋」を踊る。
・平成 8年11月29日 芸術祭参加 花柳朱実リサイタルを芸術創造センターで主催。
「北州」「神田祭」創作「れんれん」を踊る。

・平成 9年10月20日 都市文化奨励賞を受賞。
・平成10年11月23日 都市文化奨励賞受賞記念 花柳朱実リサイタルを名古屋能楽堂で主催。
「石橋」「枕獅子」 創作「りん2題」を踊る。
・平成13年 9月24日 第13回朱ざくら会を中日劇場で主催。
「風流船揃」「京鹿子娘道成寺」を踊る。
・平成13年11月10日 名古屋市民会館に於いて、芸術賞受賞者による錦秋名華撰で「鷺娘」を踊る。

・平成14年10月27日 御園座に於て、花柳壽應33回忌追善、桜尾会で「傾城道成寺」を踊る。
・平成17年 4月23日 愛・地球博万博ホールで愛知芸術文化協会おどりマンダラで「桜絵巻」を踊る。
・平成17年 9月25日 第15回朱ざくら会を名古屋市民会館にて主催。
「俄獅子」「将門」を踊る。
・平成18年11月28日 芸術祭参加花柳朱実リサイタルを名東文化小劇場で主催。
「賤の小田巻」「お吉玉椿」を踊り、創作「こまち」を作舞。

・平成19年 8月 5日第16回朱ざくら会を名古屋能楽堂で主催
「八島」「松廼羽衣」を踊る。
・平成20年 5月24日第1回やっとん座を名古屋市北文化小劇場で旗揚げ、「釣女」しこめを踊る。
・平成20年12月7日 中日劇場中京五流舞踊公演で「江戸の賑い」を踊る。

・平成21年5月3日 第17回朱ざくら会を中京大学文化市民会館、プルニエホールで主催.「雪折竹」「河」を踊る。
・平成21年10月27日 三世宗家家元三回忌追善舞踊会が御園座で開催「豊後道成寺」を踊る。
・平成21年12月6日 中日劇場、中京五流舞踊公演で「秋の色種」を踊る。
・平成22年8月25日 名古屋市文化振興事業団ナゴヤアートビレッジで講師をつとめる。
・平成22年10月 愛知県芸術劇場大ホール、「日本舞踊名花撰 」で「お祭」を踊る。

・平成23年8月1日 御園座、心の響きコンサート、東日本大震災 復興支援チャリティに参加
・平成23年8月21日 名古屋能楽堂、第18回朱ざくら会で「鶴」「釣女」を踊る。
・平成23年10月9日 東京国立小劇場、桜登喜会「夜遊楽」で 賛助出演
・平成23年12月4日 中日劇場、中京五流舞踊「京人形」を踊る。

・平成24年4月1日 御園座 稲舟派 創立45周年記念小唄会「笠森おせん」を踊る。
・平成24年4月29日 安城市歴史博物館 ワークショップ
・平成24年7月21・22日 名古屋市芸術創造センター 「愛知県芸術文化協会おどりマンダラ」に参加「老松」を踊る。
・平成25年5月3日名古屋市芸創センター 第19回朱ざくら会「阿国風流」「江戸の賑い」を踊る。

・平成26年9月21日 御園座を盛り上げ隊・勝手連立ち上げ居東屋にて発会式
第1回公演「四季三葉草」他
・平成26年11月3日 名古屋能楽堂 やっとかめ文化祭「連獅子」を踊る。
・平成26年12月21日 中日劇場 中京五流舞踊公演「雪月花」

・平成27年3月15日 御園座を盛り上げ隊・勝手連 居東屋能舞台「島の千歳」他
・平成27年6月27日 五条園美リサイタル「吉野山判官櫻」に賛助出演。
・平成27年9月13日 師籍40周年記念 第20回朱ざくら会、日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
一部.社中公演「君が代松竹梅」「俄獅子」
二部.御園座を盛り上げ隊・勝手連特別公演「雪の舞」「深川マンボ」

・平成28年2月14日 名古屋長唄大会「吾妻八景」名古屋芸創センター
・3月13日 第4回勝手連「お三輪」「娘道成寺」居東屋
・5月1日 稲舟派創立50周年記念公演「駆け落ち雷」中日劇場
・8月21日 第5回納涼勝手連「風流船揃」他 居東屋
・12月25日 中京五流舞踊公演「常盤の庭」中日劇場

・平成29年2月26日 第6回勝手連「鏡獅子」他 居東屋
・7月23日 ちょっと能楽堂で・第21回社中公演
朱実とひととき「都名所」「神田祭」 第7回勝手連「釣女」名古屋能楽堂

・平成30年2月25日 第8回勝手連ディナーショー 名古屋観光ホテル
「御園に開く芸の華」「三社祭」
・3月25日 中京五流舞踊特別公演「男女道成寺」花子 中日劇場
・4月22日 西川流しのじょ会華真 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
「東海道五十三次」勝手連友情出演